バロック時代中期のオペラ(2)「モンテベルディ」の存在

バロック時代中期のオペラ(2)
「モンテベルディ」について

バロック中期のオペラを代表する作曲家としては、再びモンテベルディに脚光をあてることになります。

1613年にモンテベルディは、マントバ宮殿を解雇されてベネチアに移ります。
同年サン・マルコ大聖堂の学長に就任し、同地にてスティーレ・ラップレゼンタティ―ボを普及させるなどして、晩年はベネチアの比較的初期の各商業劇場のための作品を残しております。

またこの時期のモンテベルディは、フィレンツェ派の硬直した音楽様式からの脱却を図っており、1630年モチニーゴ家の婚礼用に<誘拐されたプロゼルピーナ>を作曲しております。

さらに1640年には娯楽性に優れた構成にて<ウリッセの帰郷>、続いて1641年<エネオラとビーニアの結婚>、1643年には史実に題材を求め貴族様式と民族様式を融合させた最初の世俗作品<ポッペーアの戴冠>を作曲しております。

この作品は当時のベネチアの聴衆の芸術性を反映し、格調の高さよりも、あるいは様式的な洗練よりも生きた人間の生命力を表現するドラマ的な要素を重視した内容となっており、いち早くこのような曲調を取り入れたモンテベルディの才能の鋭さがお分かりになるでしょう。