バッハの「平均律クラヴィーア曲集」 第2巻(その5)

バッハの「平均律クラヴィーア曲集」第2巻(その5)

さて、平均律クラビィーア曲集 第1巻(その1)でも少々触れましたが、第2巻について紹介していきます。

第2巻の作曲時期としては、第1巻に続きライプチヒでの創作活動時代である1744年頃に完成した作品と言われております。

長調、短調24調による前奏曲とフーガからなる曲集です。

第1巻と同じように単一で作曲された作品ではなく、その大半はバッハそれまでに作曲した当時既に存在していた前奏曲やフーガを編曲して集められた作品となります。

一方で、練習曲集としての一面もあった第1と比較すると、よりこれ以降のバッハの作品に多分に見られる独特の音楽性の豊かな作品集となっているものと思われます。

例えば、前奏曲にはソナタに類似した形式の作品が見られたり、フーガには際立った対位法が随所に見られのが、その裏付けになるところと言えるでしょう。

特に二重対位法を駆使して創作されたと思われる「変ロ短調 BWV891」においては、その緻密で高度な音楽の技法により構成された作風は、後に紹介する「フーガの技法BWV 1080」の前身となった曲ではないかと感じられるくらい、どちらも甲乙を付けがたい仕上がりとなっているのです。

その全体像については、次に紹介していきます。

バッハの「平均律クラビィーア曲集」 第2巻(その4)

バッハの「平均律クラビィーア曲集」第2巻(その4)
さて、この平均律という曲名ですが、バッハの活躍した時代において、その従来の一般的な純正律法に対し平均律の調律法により作曲されたものであることは言うまでもありません。

平均律による調律法は、バッハが活躍した時代よりも以前に既に複数の作曲家によりその姿を現わにしており、その誕生は16世紀初め頃であったと言われています。

バッハは、特にヨハン=カスパール=フェルディナント=フィッシャー(1670~1746年)の「新オルガンのための20の小プレリュードとフーガ」による影響を受けたものと考えられています。

フィッシャーは、ドイツ盛期バロック音楽の作曲家で、1695年までにバーデン大公であったルートビヒ=ウィルヘルムの宮廷楽長を務めた略歴のある作曲家でした。

さて、ご存知のようにクラビィーアは鍵盤楽器の類となるので、バッハのこのような多種多様な調により構成された曲においては、例えば比率が等分でない12個の半音程を演奏する場合には、如何にすご腕のオルガン奏者といえども、かなり至難の業であり困難なものとなるのです。

このような現実性から考えると、バッハが先人達の作品をこよなく愛し、これを鍛錬に演奏してみることで自然に学習したものとも思われます。

バッハは、これに飽き足らず自己の作品にこれを取り入れ、更なる飛躍的な技巧性を兼ね備えさせたのです。

これにより、以後音楽界においてはショパンなどの作品にも影響を与え、今日では平均律法による代表作品としての位置付けにあるのです。

バッハの「平均律クラビィーア曲集」 第1巻(その3)

バッハの「平均律クラビィーア曲集」 第1巻(その3)

前回のバッハの「平均律クラビィーア曲集」第1巻その2で触れてきた、バッハの自信に満ちたその弛まぬ創作意欲とその痕跡は、その他の作品にも見られます。

例えば、「インベンションとシンフォニア:1723年」、「クラビィーア練習曲第1巻」、「クラビィーア練習曲第2巻:イタリア協奏曲、フランス序曲」、「クラビィーア練習曲第3巻:オルガンのためのコラール前奏曲」、「クラビィーア練習曲第4巻:ゴールドベルク変奏曲」など数々の名曲がその対象となるのです。

さて、この曲に共通するフーガは、即興曲のような特質が多分に含まれるだけでなく、カデンツァ、アリア、インベンション、シンフォニア、トリオなどの多種多様な様式が見られる非常に魅力的な構成であるのです。

以下、残りの12曲となります。
13.BWV858 前奏曲 - 3声のフーガ 嬰ヘ長調、
14.BWV859 前奏曲 - 4声のフーガ 嬰ヘ短調
15.BWV860 前奏曲 - 3声のフーガ  ト長調、
16.BWV861 前奏曲 - 4声のフーガ  ト短調
17.BWV862 前奏曲 - 4声のフーガ 変イ長調、
18.BWV863 前奏曲 - 4声のフーガ 嬰ト短調
19.BWV864 前奏曲 - 3声のフーガ  イ長調、
20.BWV865 前奏曲 - 4声のフーガ  イ短調
21.BWV866 前奏曲 - 3声のフーガ 変ロ長調、
22.BWV867 前奏曲 - 5声のフーガ 変ロ短調
23.BWV868 前奏曲 - 4声のフーガ  ロ長調、
24.BWV869 前奏曲 - 4声のフーガ  ロ短調

バッハの「平均律クラヴィーア曲集」 第1巻(その2)

バッハの「平均律クラヴィーア曲集」 第1巻(その2)

前回の「平均律クラヴィーア曲集」(その1)でも一部紹介してきました様に、バッハはこのクラビィーアによる曲集を家族や弟子達の音楽の基礎教育を目的に教材用に作曲していたものとされていましたが、それだけではなく家族で家庭内のアンサンブルを楽しむ為にも用いられていたようです。

このようなバッハの取り組みは、自己の音楽の世界が、あたかも当時の音楽界の中心にあり、バッハの作品こそお手本、または基本なのであることを誇示していたかのようにすら思え、また音楽界の末を予期していたような正々堂々とした生き方には、音楽を知り尽くした真の実力者の生きざまのようなものが感じられます。

さてここでは、平均律クラヴィーア曲集第1巻の全24曲の詳細を1曲ずつ聴いていきたいところですが、膨大な曲集でもあるので、下記のように全体像までを追うこととします。

前半の12曲は、以下のとおりです。
1.BWV846 前奏曲 - 4声のフーガ  ハ長調、
2.BWV847 前奏曲 - 3声のフーガ  ハ短調   
3.BWV848 前奏曲 - 3声のフーガ 嬰ハ長調、
4.BWV849 前奏曲 - 5声のフーガ 嬰ハ短調 
5.BWV850 前奏曲 - 4声のフーガ  ニ長調、
6.BWV851 前奏曲 - 3声のフーガ  ニ短調
7.BWV852 前奏曲 - 3声のフーガ 変ホ長調、
8.BWV853 前奏曲 変ホ短調 - 3声のフーガ 嬰ニ短調[8] 
9.BWV854 前奏曲 - 3声のフーガ  ホ長調、
10.BWV855 前奏曲 - 2声のフーガ  ホ短調
11.BWV856 前奏曲 - 3声のフーガ  ヘ長調、
12.BWV857 前奏曲 - 4声のフーガ  ヘ短調

バッハの「平均律クラヴィーア曲集」 第1巻

バッハの「平均律クラヴィーア曲集」 第1巻(その1)
 
平均律クラビィーア曲集は、前奏曲とフーガから構成されたバッハの鍵盤楽器のための作品集です。

ここで紹介する第1巻の他に、第2巻があり、双方共に24曲の構成で、第1番から長調、短調が交互に作曲されているというユニークな作品です。

第1巻 (BWV846~869) は ケーテンでの創作活動時代の1722年頃の作品と言われています。
第1巻に対して、第2巻 (BWV870~893)も 作曲されており、これはライプチヒでの創作活動時代である1744年頃に完成した作品であると言われております。

尚、第1巻は単独に作曲された曲集ではなく、その多くはバッハの作曲した既存の前奏曲や、フーガを編曲して集成されたものとなります。特に前奏曲の約半数は、1720年に息子の教育用として書き始められた「ウィルヘルム=フリーデマン=バッハのためのクラヴィーア小曲集」に、「プレアンブルム」として含まれています。

第1巻には、様々な様式のフーガが見られ、嬰ハ短調 BWV849や3声のフーガである嬰ニ短調 BWV853は、高度な対位法が駆使された傑作として知られています。

また、現代ではピアノの演奏を学んでいる人々にとっても重要な曲集の一つとなっているのです。

ケーテンでのバッハの創作活動とその環境について

ケーテンでのバッハの創作活動とその環境について

さて、ここではケーテンでのバッハの創作活動について、もう少し掘り下げて紹介していきます。

当時のバッハは、既に音楽家(作曲家)として、オルガン演奏者として、その並はずれた才能が高く評価されるようになっており、この時代の音楽家のレベルを超越した存在であったと言われています。

また、その作曲ジャンルも多種多様で、教会での礼拝用、宮廷の音楽会やイベント用、またはバッハの家族・親戚のみならず、弟子達・友人達の練習曲用など、さまざまな場面に及んでおり、これらは今尚、色焦ることなく世界の人々の心を掴んで離さないのです。

ただ、この時代にはまだ楽譜の出版による文明開化は、まだ当時のドイツにはありませんでした。

その為バッハの作品の多くは、自身による印刷にてこの世に姿を表したものとされています。しかしながら、これらが友人達や弟子達に手渡され、持ち主以外の所有品になると、手書きの楽譜としてその姿を変えていくのでした。

近代に、運よく発見されてきたバッハの作品の多くはこのような手書きのものが多いのもそのような背景があったからなのです。

また、1719年には、当時既にイギリスで「水上の音楽」を出版するなどして大きな成功を成し遂げていたゲオルグ=フリードリヒ=ヘンデル(1685~1759年 )が、音楽活動の一環としてハレに来独していることをバッハは知り急いで駆けつけたとの史実が残っており、当時のバッハは我々現代人が知る由もないほどヘンデルを尊敬していたことが分かってきているのです。

このように、好奇心旺盛なバッハはヘンデルの影響をどこまで受けたかは別として、その創作活動において充実した日々を過ごしていたものと思われます。

バッハの「2つのバイオリンのための協奏曲 二短調」 BWV.1043(その3)

バッハの「2つのバイオリンのための協奏曲 二短調」 BWV.1043(その3) 

この曲の最終楽章となる第3楽章は、「二短調 3/4拍子、アレグロ」で、同じ二短調でも第1楽章のそれとは相違しています。

全体にさらに明るい旋律が、早いテンポで奏でられ楽節の構成も独奏部と合奏部がうまく融合しており、いかにもバッハらしい流れるようなスマートな味付けが印象的な曲であるのが特徴です。

この楽章でも、第1バイオリンの旋律を第2バイオリンが追奏していき、双方の楽節の間では合奏部がみられ、弦楽器群は両者の独奏を引き立てようとするかのように、独特の旋律でその伴奏を展開していきます。

やがて第1バイオリンの独奏に誘導されていくかのように、徐々に始めの駆け出しの楽節がその姿が現られ始めると、ここから全楽器群による演奏となるやいなや、第1バイオリンと弦楽器群が見事なバランスで追奏を繰り返しながらこの曲の山場を迎えるのです。

更に後半部では、第1バイオリンと第2バイオリンによる双方の独創的なカデンツァを融合性させたような演奏により、足早にこの楽節の旋律を駆け抜けていきます。

以後、転調が生じたかと思うと、冒頭の楽節にみられた旋律を今度は、全楽器群による音階が折り重なっていき、力量感を感じながら終曲を迎えるのです。

バッハの「2つのバイオリンのための協奏曲 二短調」 BWV.1043(その2)

バッハの「2つのバイオリンのための協奏曲 二短調」 BWV.1043(その2)

前回に続き、バッハの「2つのバイオリンのための協奏曲 二短調」の第2楽章についてとなります。

第2楽章は「ヘ長調・12/8拍子、ラルゴ・マ・ノン・タント」で、主に3つの構成からなります。

第2楽章の冒頭は、第1楽章と同様に第2バイオリンが主題を奏でると、続いて第1バイオリンも同主題を交互に追奏していくという対位的で優雅な旋律が特徴です。

全楽の合奏部になると2台の独奏バイオリンらは、伴奏の旋律を奏でる役目になり、第2部では、短い小節ながらもこじんまりと16音符の追奏での変化が見られる構成となっており、ほど良い加減で耳に残る聴かせどころになっています。

第3部では、これまでの主題がイ短調となりますが、ここでの追奏は第2バイオリンの独奏がよりも高い音階で第1バイオリンの旋律が奏でられ、ややもすると冒頭との相違性が無い、あたかも同じような対位法で聴こえてくる感覚になりますが、多少なりともその相違性に気が付かされるはずです。

曲は、このように冒頭の曲調をかもしだいながらも、静寂につつまれるように終曲していきます。

バッハの「2つのバイオリンのための協奏曲」

バッハの「2つのバイオリンのための協奏曲 二短調」 BWV.1043(その1)

この曲は、前の節で少々触れましたが、ブランデンブルク協奏曲が創作されたバッハのケーテンでの音楽活動時期である1718年頃に作曲されたものであるとされています。

しかしながら近年では、ライプツィヒの活動時期に作曲されたものではないかと言う説が浮上してきている背景もあり、その作曲時期をめぐり非常に興味深い由来のある曲でもあるのです。
「2つのバイオリンのための協奏曲」の楽器編成は、独奏バイオリン2台、弦楽器群(ビオラ、チェロ)、通奏低音で演奏されます。

第1楽章は、「二短調、2/2拍子、ビバーチェ」で、冒頭では独奏の第1バイオリン以外の全合奏から始まり、続いて第2バイオリンが主題を奏で、第1バイオリンがこれを追っていくような形式で演奏され、二短調とはいえ全体に明朗さすら感じられます。

「2つのバイオリンのための協奏曲」の特徴としては、バイオリンの独奏パートにて第1バイオリンの旋律を、第2バイオリンがカノン風に奏でることで、カノン風の対位法による形式より構成された形式にあるかと思われます。

なお、弦楽器群による合奏は、冒頭で出てきた主題を奏でる引き立て役を演じながらも、最終章では、全合奏によるメリハリさを感じさせ、1度聴いただけでも何ともインパクトのある音程と、その旋律が巧みに表現されていることに気付くことでしょう。

バッハがケーテンで作曲した他の作品

バッハがケーテンで作曲した他の作品

先に触れたようにバッハのケーテンでの作曲活動としては、ブランデンブルク協奏曲に留まらず多くの協奏曲を創作しており、ここではケーテン時代の代表的な作品についてさらに紹介していきます。

まず、バッハの多数の作品の中では,数少ない楽曲の類になるバイオリン協奏曲について触れます。

バッハはその生涯に5つのバイオリン協奏曲を作曲したと言われておりますが、現在でも残存するのは3曲だけで、第1番、第2番は独奏バイオリンを主体とした演奏による構成ですが、第3番は唯一2つのバイオリンを主体とした作品となっているのです。

気になる残りの2曲は、現在も存在するのか否か、その楽譜の行方は不明のままとなっており、バッハの作品の中でも希少なバイオリン協奏曲であるが故に、バッハの作品をこよなく好む愛好家達にとっては、全く残念で仕方が無いとしか言いようがない面持ちであると思います。

さて、バッハのバイオリン協奏曲の特徴として、特に2つのバイオリン協奏曲は、この時代の協奏曲が舞曲をモチーフとした形式による楽章を含めて構成するのが主流であったのに対して、2種類の独奏楽器が同主題を演奏するというもので、バッハよりも後世に確立されたソナタ形式による協奏曲の形式とは異なっているところにあると言えるでしょう。

この点、古典派時代にまず協奏曲におけるソナタ形式を確立したモーツアルトなどの初期の作品に多大な影響を与えた作品であると言えるのではないかと思われます。

バッハのブランデンブルク協奏曲(その7)第6番変ロ長調

ブランデンブルク協奏曲(その7)
第6番変ロ長調BWV.1051

この曲では、独奏楽器群が用いられていなく弦楽器群との区別がないという特徴で、バッハら
しい重みのある堂々とした曲調で構成されています。

楽器編成としては、ビオラ・ダ・ブラッチョ2台、ビオラ・ダ・ガンバ2台、通奏低音、チェロ、以上により演奏されます。

第1楽章「変ロ長調 2/2拍子」は、2台のビオラが冒頭から最後まで主導的にカノンによる演奏で活躍します。

第2楽章「変ホ長調 アダージョ・マ・ノン・タント 3/2拍子」でも、2台のビオラが中心になり、抒情的な要素が主題とされた旋律により構成されており、ブランデンブルク協奏曲の
緩徐楽章の中で唯一となる長調で形式化されています。

第3楽章「 変ロ長調アレグロ 12/8拍子」では、2台のビオラが主体となり軽快かつ堂々とした曲調を基本としたシンコペーションが、個人的には印象深いところになっているのではないかと思います。

尚、シンコペーションとは、ひとつの音がより劣位の拍からより優位の拍に鳴り続けることによって生じるリズムのことです。

以上6曲を紹介してきましたが、それぞれの曲がインパクトのある、けしてその他の作曲の作品には見られない特徴を持ち合わせているのです。

これは当時イタリアなど、クラシック音楽界の最先端を進んでいた音楽をバッハが意識し、これらを自分の作品に意図的にうまく融合させることで、バッハ独自の音楽の世界を展開し発展させた結果の産物であるとも思われます。

この辺りが、今でも広く深く愛されているバロック音楽のどこか新鮮さとバッハの神秘的な音の世界が現代の人の心を掴んで離さない根拠であるのかもしれません。