バッハの生涯「バッハ音楽の根源」(ザンゲルハウゼン編)

バッハの生涯「バッハ音楽の根源」(ザンゲルハウゼン編)

1702年バッハは、リューネブルクの音楽学校を卒業し、本格的に自分の収入で独立した生活を始めるようになります。

当然のことながら生活の糧を音楽に見出すしかないバッハは、ザンゲルハウゼンにある小さな教会(生地アイゼナハもチューリンゲン地方に位置する)でオルガン奏者の職に就くことを志し、その採用試験においては高成績を収めたと言われております。

しかしながら、チューリンゲン地方の領主の陰謀により、残念ながらその地位を獲得することはできなかったのでした。

納得のいかない不審な思いで終わった採用試験の結果でしたが、それでもバッハ毎日ひたすらオルガンを弾く時間を持ち、自己鍛錬とも言うべき練習に励みました。

臨時の教会オルガン弾きをしながら、苦しいながらも何とか生計を立てていくしかない厳しい日々が続いたのでした。

これは幼少期から、数々の試練(父母、兄弟との死別、苦学生であった生活等)に耐えなければならなかったバッハの生い立ち、生活環境において養成された気丈さによる賜物であると考えられます。

またそのような環境が今日世に知られている、バッハ独自の音楽を創作するうえでのエネルギーの根源になったものと思われます。